NBAのレジェンド、パトリック・ユーイング氏が新型コロナウィルス陽性を発表

NBA殿堂入りレジェンドがコロナ陽性に

NBA殿堂入りのスーパースターで、現在は母校のジョージタウン大学のコーチを務めるパトリック・ユーイング氏が、新型コロナウィルス陽性を発表。

“I have tested positive for COVID-19,” Ewing said in a statement. “This virus is serious and should not be taken lightly. I want to encourage everyone to stay safe and take care of yourselves and your loved ones.”

【出典元】Basketball legend Patrick Ewing hospitalized after testing positive for coronavirus/NBC NEWS

「私はCOVID-19テストで陽性だった」声明の中でユーイングは語った。「このウィルスは深刻であり、軽々しく見てはいけない。皆が安全に過ごし、自分自身や愛する人をケアすることを薦めたい。」

現在は病院で隔離されているとのこと。

学生時代

ユーイング氏はジャマイカのキングストンで生まれた。12才の時に家族とともにアメリカに移っている。

すでに高校生の時にはバスケットボールで有名選手になっており、嫉妬や人種差別の対象になっていたという。アウェイの試合では、チームのバスが揺らされる事もあったようだ。

ユーイング氏がどこの大学に進学するか取り沙汰される中、地元の強豪ボストンカレッジやボストン大学に進学を望むファンたちが集まっている会場で、ジョージタウン大学への進学すると発表した時、集まったファンたちは失望し、会場を続々と出ていったという。

ジョージタウン大学に進学し、1年生のときからチームのメインとして活躍。NCAAでは3年連続で準決勝まで進み、1984年には優勝している。この年ユーイング氏はネイスミスプレーヤーオブザイヤーととAPプレスプレーヤーオブザイヤーを受賞している。

1984年ロサンゼルスオリンピックではアメリカ代表チームとして参加し金メダルを獲得している。(プロとしては1992年バルセロナ五輪にドリームチームの一員として金メダル)

プロ入り後

ドラフト全米1位でニューヨーク・ニックスに指名され、大学卒業後はニックスでプレー。ルーキーイヤーには新人賞に輝いている。

ただ時代的にマイケル・ジョーダン氏のいるシカゴ・ブルズが全盛期を迎えていたため、プレーオフでは敗退することが多かった。

そのジョーダン氏が父の死により一時引退した1994年シーズンに、ニックスは念願のNBAファイナルに進出することができたが、対戦相手のヒューストン・ロケッツに負けてしまいチャンスを逃した。

年齢とともにパファーマンスの落ちてきた2000年シーズンにシアトル・スーパーソニックスにトレードされ、その翌シーズンはオーランド・マジックに所属し現役を終えている。

ユーイング氏はオールスターに11回出場し、得点、リバウンド、スティール、ブロック等では現時点でニックス歴代最高。ニックスで着けていた背番号33は永久欠番になっている。

日本のCMにも

ユーイング氏は日本の進研ゼミのCMで、当時15才だった田臥勇太氏と共演している。

また自身のスニーカーブランド「ユーイング アスレチックス」を立ち上げ、クリス・クロス、スヌープ・ドッグ、RUN-DMCなどのミュージシャンが履いていたことから人気を博したが、ユーイング氏のキャリアの終焉とともにいったん終息。

2012年にコレクターによってブランドが復活、復刻版などをリリースしているもよう。

進研ゼミのCM、田臥氏よりもユーイングが出てたことの方がビックリです。
ですか。

パトリック・ユーイング氏

パトリック・ユーイング氏

残念ながら出生時間わからず。ジャマイカだからしょうがないかな。

アメリカは5月23日現在、新型コロナウィルス感染者が160万人を超えて世界でダントツの1位、ユーイング氏のホロスコープ状態は確かに厳しいと言えるが、なんとか回復を望みたい。