大スクープと言われたダイアナ元妃のBBCインタビューの疑惑、調査委員会「欺瞞だった」と報告

ダイアナ元妃の生前のインタビューが再燃

さて以前にも取り上げましたが、1995年にイギリスの公共放送局BBCが放映したダイアナ元妃の衝撃のインタビューが再炎上しています。(以降ダイアナ妃と書きます)

ヘンリー王子・メーガン夫妻の王室離脱がさまざま話題になっている中で、王子の母親にまつわる話が再燃しているのは興味深いタイミングと言えます。

その母=ダイアナ妃は、1997年に36才で事故死しました。

世紀の大スクープ

このインタビューは、亡くなる2年ほど前にBBCのドキュメンタリー番組『パノラマ』で放映されたもので、世界101ヶ国で放映されました。

ダイアナ妃はインタビューの中で、夫チャールズ皇太子の不貞・自分の浮気・産後うつ・過食症などについて赤裸々に語り、大反響を呼びました。英ドキュメンタリー番組として過去最高の視聴率を記録したといいます。

特にチャールズ皇太子との結婚生活の破綻について述べた「この結婚生活には3人いたから、少し窮屈だった」というセリフは有名になりました。

このインタビューでダイアナ妃は自分の揺るぎない意思を示すため、目のアイラインをハッキリ入れて、相当の覚悟で臨んでいたと言われています。

実際ダイアナ妃は「最後まで戦う」「私は強い人間」などと言っています。

当時の背景

当時の背景を簡単にまとめると

  • 二人の結婚生活は、1984年に次男ヘンリー王子が生まれた時点ですでに破綻していたという。1987年にはほぼ別居状態(1992年に正式別居)。
  • 1993年にチャールズ皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズ氏との電話盗聴テープが流出、皇太子の「あなたのタンポンになりたい」という台詞が世の中をドン引きさせた。
  • これによりチャールズ皇太子の人気が暴落、一方ダイアナ妃は「民衆のプリンセス」として世界中で大人気で、メディアからも追いかけ回されていた。
  • 著名なジャーナリストの多くがダイアナ妃のインタビューを望んでいたが、それを実現したのは無名のマーティン・バシールという記者。なぜ無名の記者がダイアナ妃のインタビューに漕ぎ着けることができたのか疑問があった。
  • インタビューは誰にも悟られないように撮影された。バッキンガム宮殿(王室)側は全く知らず、放映までバレないように編集作業なども秘密裏に行われた。
  • 当時BBCは王室寄りだった。
  • 放映後に王室は混乱、ダイアナ元妃とチャールズ皇太子は翌年離婚。
  • 放映2年後、ダイアナ妃は事故死。

またこのインタビューが行われた経緯については、以前の記事も併せてご参照いただければと思います。

25年前のダイアナ妃のインタビューに再脚光、偽造文書が使われていた事が発覚

2020年11月9日

裏工作でダイアナ妃サイドに近づいた

インタビューを実現したマーティン・バシールという当時まだ無名だった記者について、なぜダイアナ妃に近づくことができたのか、裏工作があったことが発覚しています。

その具体的な方法として、バシール記者が偽造した銀行取引明細を使い、ダイアナ妃サイドを信用させたことがポイントになったようです。

しかしその方法は放映後に問題になり、BBCが内部調査をしましたが証拠不十分として不問になっていました。まあBBCはインタビューを実行した側ですから、自ら不正な手段を使ったことを認める訳にはいかなかったでしょう。

それが今になって再び疑惑が復活しているわけです。

実際の手法

バシール記者は「王室内に情報をリークしている者がいる」と、この偽造した銀行取引明細を使ってダイアナ妃サイドに近づいたようです。

ほら、その人物にお金(情報料)が振り込まれてる証拠があります、と明細書を使ってダイアナ妃の弟スペンサー伯爵に取り入ったとのことです。

実際ダイアナ妃は当時、誰かにつけ回されている・監視されている・電話が盗聴されているなどの被害妄想があったと言われていますので、もしかしたらこのやり方は効果的だったかもしれません。

またスペンサー伯爵は、この明細書を見なかったら、バシールに姉を紹介しなかったと述べています。

偽造された銀行取引明細には、オフショア企業から実在する王室職員への振り込みが記載されていました。

偽造したのはグラフィックデザイナー

この偽造銀行取引明細は、フリーランスのグラフィックデザイナーとして当時BBCの仕事を受けていたマット・ウィスラーという人物が作成しています。

ある日ウィスラー氏の元にバシール記者から電話があり、緊急で仕事をやって欲しいと依頼されましたが、その目的や重要性については何も知らされていなかったと言っています。

ともかく「朝までにヒースロー空港である人物に見せなければならない」と言われるがまま作成したといいますが、問題になった後にウィスラー氏はBBCから解雇され、デザイナーの仕事も諦め、スケープゴートになったと言っています。

ウィスラー氏は25年以上も、このことについて口を閉ざしていました。今回この事件が脚光を浴びることになり、初めて公に姿を見せました。

問題再発の理由とは

再びこの疑惑が再燃したのは、2020年10月にチャンネル4が『Diana:The Truth Behind The Interview』というドキュメンタリーを放送したことが発端になったと思います。

このドキュメンタリーによって、当時の『パノラマ』のインタビューの裏側が語られ、偽造文書にスポットが当たりました。

そしてスペンサー伯爵は、この偽造文書の再調査を要請しました。

調査委員会の報告

5月20日にBBCの独立調査委員会が、報告書を発表しています。

それによると、マーティン・バシール記者がインタビュー実現のため書類を偽造し、欺瞞的な行動をとり、またBBCはそれを隠蔽した、と結論づけています。

そしてバシールの行為は1993年のプロデューサー・ガイドラインに著しく違反している、としました。

マーティン・バシール記者の声明

バシール記者は1999年にBBCを辞め、ニューヨークでNBCの特派員などをしていました。2016年に宗教担当の編集者としてBBCに復帰しています。しかしつい最近、健康上の理由でBBCを辞任しましたが、これも疑問が持たれています。

バシール記者は声明を出しています。

25年以上前の出来事に関する調査で、積極的に協力したのはこれで2度目です。当時も謝罪しましたが、私が銀行取引明細のコピーを作成依頼したことについて、今回も謝罪します。愚かなことをしたと深く反省しています。

しかし私は、四半世紀前と最近提出した証拠に、絶対の自信を持っています。またダイアナ妃が個人的にインタビューに応じることを選んだことと、銀行明細は全く関係がないことを繰り返し述べます。

ダイアナ妃が調査団に提出した直筆の証拠は、このことを明確に裏付けるものであり、(調査を担当した)ダイソン卿に提出された他の証拠も、それをフォローするものです。

ダイアナ妃の直筆メモ

ダイアナ妃が提出したという直筆のメモというのは、たぶんこれです↓。

マーティン・バシールは、私に何の書類も見せず、知らなかった情報も私に与えませんでした。私は不当な圧力を受けることなく、パノラマでのインタビューに同意し、この件に関して後悔はしていません。

1995年12月22日

何かあったときのためにダイアナ妃に書いてもらったものでしょうか?――おそらくこのインタビューは、ダイアナ妃自身が望んでいたことでもあったと思うので。

でなければ自宅に撮影スタッフを招き入れたりしないでしょう。

ウィリアム王子の声明

BBCはウィリアム王子とヘンリー王子に謝罪の手紙を出しました。

ウィリアム王子の声明です。

BBCがダイソン卿の調査結果を完全に受け入れることを歓迎します。

母の発言は、欺瞞的な取材方法が大きく影響していると考えています。このインタビューは、両親の関係を悪化させることに影響し、数え切れないほど多くの人を傷つけました。

BBCの失敗が、母と過ごした最後の年の記憶=母の恐怖・パラノイア・孤独に大きく作用したことを知るのは、言葉には表せない悲しみをもたらします。

しかし私にとってさらに悲しいことは、もしBBCが1995年に最初にもたらされたクレームや懸念を適切に調査していれば、母は自分が騙されていたことに気付いたはずだということです。

母の期待を裏切ったのはペテン記者だけでなく、厳しい疑問を持たずに見て見ぬふりをしたBBCの経営陣でした。

この番組には正当性がなく、二度と放送されるべきではないというのが私の確固たる見解です。

最後に

このウィリアム王子の声明は、王室としての立場を代表して言ったという印象を受けます。

少なくともダイアナ妃は、あのインタビューは積極的に自ら関わり、偽らざる心境を語っていたのではないでしょうか。それはダイアナ妃のホロスコープからも感じますが。

直筆のメモも残していることですし。

ただバシール記者のゲリラ的なやり方は、公共放送のBBCでやるべきではなかったかなとは思います。

いずれにしても死後25年以上経っても、人々の心に刻まれている偉大なプリンセスです。

ではこの辺で失礼します。

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