ダイアナ妃のメモでチャールズ皇太子が事情聴取を受けていた――「夫が私の車で事故を起こそうとしている」

チャールズ皇太子が事情聴取を受けていた

2021年7月2日でダイアナ妃の生誕60周年になります。

60才と言えば干支が一周して元に戻る――いわゆる還暦ですが、そんなタイミングで過去がぶり返しています。

ダイアナ妃は1997年8月31日にパリで自動車事故死していますが、その当時チャールズ皇太子がダイアナ妃の殺害を企てた疑いで、警察から事情聴取を受けていたことがわかったと報じられています。

これはダイアナ妃の死の調査を指揮した元ロンドン警視庁長官のスティーブンス卿が明らかにしたものです。

ダイアナ妃の事故死に関してはその後3年間調査が行われ、その中でチャールズ皇太子に事情聴取が行われたということです。

亡くなる2年前に書かれた直筆メモ

スティーブンス卿によると、調査の過程でダイアナ妃が書いたメモが発見され、その中で自分が「自動車事故で死ぬ」と予告していたことから、調査に乗り出したといいます。

確かに彼女は自動車事故死でした。

デイリーメールによると、このメモは亡くなる2年前の1995年10月に書かれたもので、ダイアナ妃の執事ポール・バレル氏のパントリーに保管されていたものだったといいます。

メモの筆跡を専門家に鑑定を依頼した結果、ダイアナ妃の直筆であることが確認されたようです。

メモの予告「ブレーキが効かなくなり、頭に重傷を負う」

10月の今日、私はこの机の前に座っています。
誰かが私を抱きしめて、強く生きろ、頭を高く上げろと励まされたいと思っています。

夫が私の車で事故を起こそうとしているのです。彼がティギーと結婚する道を切り開くために、私の車が事故を起こし、ブレーキが効かなくなり、頭に重傷を負わせることを計画しています。

カミラはおとりに過ぎないので、私たちはあらゆる意味で男に利用されているのです。

「カミラはおとりに過ぎない」・・・カミラ・パーカー・ボウルズとチャールズ皇太子は後に結婚しますが、気になるのは「ティギー」という名前です。チャールズ皇太子はティギーと結婚するため・・・と書いています。

ティギーという女性

ティギー・レッジ・バーク氏はウィリアム王子やヘンリー王子の乳母を務めた人物で、当時30才で未婚だったようです。

ダイアナ妃は彼女を恨んでいたといいます。
このメモが書かれた数ヶ月後、ティギー氏はチャールズ皇太子の子供を妊娠し、中絶したという噂が流れたようです。これはデマでしたが、ダイアナ妃がこの噂を流したと言われています。

この頃ダイアナ妃は、被害妄想に取り憑かれていたようで、カミラ氏も自分同様、チャールズ皇太子に捨てられると思っていたようです。

メモについてチャールズ皇太子「知らない」

いずれにしても、このメモによりチャールズ皇太子は2005年12月6日に事情聴取を受けます。これは秘密裏に行われました。

スティーブンス卿が、なぜこのメモをダイアナ妃が書いたか理由を聞くと、チャールズ皇太子はメモについて何も知らなかった、と答えたとのことです。

そしてプリンセスがなぜメモにあるような感情を抱いたのか?という質問には、「知らない」と答えています。

このときの記録は、英国の国立公文書館に保管されているとのことですが、法律上、2038年までは一般公開されないようです。

バシール記者への疑念

ダイアナ妃の直筆メモが書かれた直後に、BBCの番組「パノラマ」でダイアナ妃の衝撃インタビューが放映されています。

大スクープと言われたダイアナ元妃のBBCインタビューの疑惑、調査委員会「欺瞞だった」と報告

2021年5月23日

このインタビューはマーティン・バシールという記者が、王室には秘密でゲリラ的に行っており、しかもダイアナ妃サイドを信じ込ませるために偽造文書を使ったことがわかっています。

スティーブンス卿は、メモが書かれた時期にバシール記者はダイアナ妃サイドと連絡を取っていたはずだと言い、バシール記者がダイアナ妃を錯乱させたと疑っています。彼女を不安にさせたのは、バシールが何か吹き込んだためではないか?と言っています。

「もしバシールがダイアナに何か嘘を吹き込んでいなかったら、彼女はあのメモを書いていただろうか――。」

ではこの辺で失礼します。