8月16日は「野球の神様」ベーブ・ルースの命日――時代に愛された男

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野球の神様と呼ばれる

8月16日は「野球の神様」ベーブ・ルースの命日だそう。

ベーブ・ルースの名前は、大谷翔平選手の活躍で再び世間に見直された。大谷選手が投手兼打者という「二刀流」でメジャーリーグに挑戦したことで、「ベーブ・ルース以来」というワードをメディアで目にすることが多くなった。

ベーブ・ルースは「二刀流」の名の通り、投手としても打者としても活躍した。生涯成績は

【投手】
94勝46敗・防御率2.28

【打者】
打率.342・2873安打・714本塁打・OPS1.164
(首位打者1回・HR王12回・打点王6回)

という、野球史に名を残すにふさわしい活躍である。(なおキャリア途中から打者中心になっている)

子供の頃は悪童

本名ジョージ・ハーマン・ルース Jr.は、1895年メリーランド州ボルチモアで生まれている。「ベーブ(Babe)」は、子供っぽいキャラから付けられたニックネーム。

子供の頃は手のつけられない悪童だったという。母親は病弱で15才のときに亡くなり、父は飲み屋を経営していて子供の面倒など見ている暇がなかったらしい。そのためルースは全寮制の矯正学校(兼孤児院)に入所させられた。そこで野球と出会い、人生が一変することになる。

矯正学校時代では仕立屋としての訓練をしながら野球をやっていたときにスカウトされ、19才のときにマイナーリーグのチームと契約する。

ヤンキースタジアムは「ルースの建てた家」

その後ボストン・レッドソックスにトレードされ、そこで活躍し始めた。毎日ルースの活躍を見に多くの観客が集まったという。

ところがレッドソックスのオーナーがミュージカルの事業で資金が必要になり、その一方でスター選手になったルースの年俸が高騰したことで、ルースの売却(金銭トレード)をすることになった。そこでライバルチームであるニューヨーク・ヤンキースにトレードされた。

1920年ヤンキースでシーズンを迎えたルースは、いきなり54本塁打を放ち唖然とさせる。2位はイチローが抜くまでシーズンヒット記録を持っていたジョージ・シスラーで、19本だった。

ここからルースの快進撃は続き、ヤンキースは黄金時代を迎えることになる。ルースの在籍中に新築されたヤンキースタジアムは、別名「ルースの建てた家」と言われた。

一方、ルースを売ったレッドソックスは実に2004年までの86年間、ワールドシリーズで優勝できなくなってしまう。これが「バンビーノ(ルース)の呪い」と言われることになった。

ベーブ・ルースのホロスコープ

ベーブ・ルース

ベーブ・ルースのホロスコープは水のグランドトラインで、蟹座冥王星時代に活躍した「時代の申し子」と言えるかもしれない。

人々はルースのキャラを愛した。それは彼の1927年に打ち立てた本塁打60本というシーズン最高記録を、1961年にヤンキースの後輩ロジャー・マリスが61本で抜いたときに、マリスには嫌がらせが浴びせられた。

マリスは真面目で愚直な選手であり、ルースの持つ天真爛漫さのようなものがなかったと言われる。記録はそんなことで評価されるべきではないが、ルースはそれほど愛された。

持っていた男

ルースがプロ契約した時というのは、プログレスで新月になっており、と同時にネイタルの木星にはトランジットの冥王星が重なっていた。新しいスタートと、格の爆上げが同時に起こった形だ。持っている人間にはこういう事が起こる。

またルースがヤンキースで活躍した頃は、メジャーリーグの黒歴史=「ブラックソックス事件(ワールドシリーズ八百長事件)」があった直後で、世間が野球への不信感を募らせていた時だった。

そんなときに救世主のごとく現れ、ホームランで人を魅了し野球人気を復活させた人物こそが、ベーブ・ルースなのである。その人気がいかほどのものだったか。

彼がヤンキースに移った(売られた)時は、トランジットの天王星が魚座にあり、蟹座の冥王星とは120度で、ネイタルのグランドトラインに重なった。変革によってさらにパワフルになった形だ。

ルースが亡くなってから71年が経ち、大谷選手によってその栄光が蘇った。