デビューから7年で引退――伝説のアイドル、山口百恵氏を追う

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シンガーソングライターの三浦祐太朗がTV番組で母・山口百恵氏についてエピソードを語ったというネット記事を読んで、ふと山口百恵氏という昭和アイドルのスーパースターについて、これまであまり知らなかったということにあらためて気付き、読んでいなかった百恵氏の「蒼い時」をポチった。さすがamazon、その日に届くのはありがたい。これでは書店が淘汰されるのもムリはない。

当時の芸能界的背景

山口百恵氏と言えば「引き際の潔さ」が伝説的に語り継がれているのだけど、それは果たして潔かったのだろうか、もしかしたら嫌気が差していたのではなかったか?ホロスコープを見るとそんな疑問がふと頭をよぎるのである。

いずれにしても彼女は14歳でデビューして21才で引退した。7年余りの芸能生活であり、絶頂期でのことだった。

当時、日本国民のほとんどが当然のように彼女の名前と顔を知っていた。今と違って歌番組が過剰な頃で、新曲リリースはそれこそ3ヶ月毎、芸能活動はおそらく時間単位・分単位で管理され、忙しくてプライベートがほとんどないような生活だったろう。今では考えられないが、学校の修学旅行にもマスコミが付いてくるような時代である。まあTVしか娯楽がなかったような時代だから、社会が未熟だったと言えばそれまでだが。

当時のアイドルは、事務所やレコード会社の意向というのが絶対だったのは想像に難くない。言い方は悪いが、大人のビジネスに利用される「お人形さん」であり、自己主張は許されないような世界だったのではないか。それでも自己主張を試みた芸能人はいたが、その後多くは業界から干されるような形になっていた。そうした現実を知らずか、ファンタジー脳で上っ面ばかりを見て、有名になりたい・アイドルで売れたい、という夢を追いかける子は昔も今も変わらず存在するが、夢を実現して幸せをつかめる者はなかなかいない。先ごろ、愛媛のご当地アイドルが主張を許されず自殺してしまったのは、山口百恵氏はどう感じただろう。

キャンディーズの解散

そんな時代の中で、1977年に業界に一石を投じる事柄が起こる。人気絶頂だった三人組アイドルグループ・キャンディーズがコンサートの最中に突然「普通の女の子に戻りたい」と解散宣言をしてしまったのだ。冥王星が天秤座の時代だった。キャディーズは当時芸能界で一大勢力を誇ったとされる事務所の所属だったので、この事件は波紋を呼んだ。

山口百恵氏が引退をしたのはそれから3年後の1980年のことで、もしかしたらキャンディーズが参考例になったのかもしれないが本当のところはわからない。いずれにしてもキャンディーズ解散から2年後くらいに、記者会見で三浦友和氏と結婚を前提に付き合っている、と正々堂々と公表しているが、もしかしたら円満引退への布石だったか。

そのおかげか、解散時キャンディーズは事務所とのゴタゴタがいろいろあったようだが、山口百恵氏はトラブルを報じられることもなく(本当のところはわからないが)、きちんと引退ビジネスをこなして、最後はステージにマイクを置いて去ることができた。(引退後マスコミとはトラブルがあったようだが)

母子家庭、父親への嫌悪

山口百恵氏が「スター誕生」という番組で注目されたのは13才の時、つまり中学生だった。彼女を語る上で、母子家庭を抜きにしては語れない。彼女はいわゆる「婚外子」――父親が愛人に産ませた子供で、百恵氏の下には同じ父をもつ妹もいた。父親は二人の子供を認知したものの金銭的援助はせず、母親が貧しいながらも女手ひとつで姉妹を育てた。

父親は金銭援助をしなかったばかりか、後に百恵氏が有名になると親権を返せと主張した。また百恵氏の事務所に金の無心もしたという。そんな父親に対し、後に百恵氏は大金を支払って絶縁したという。彼女の唯一の自著である「蒼い時」には、そんな父に対するネガティブな思いが書かれている。

後で書くが、山口百恵氏のホロスコープは太陽が12ハウスにある。これを「存在のない父親」と見てもいい。彼女の月は太陽と90度になっており、父に対するネガティブな感情はこの月に現れているかもしれない。あるいは2ハウスの月は母親の影響が強い。母の血を受け継いでいるのだ。

幸せな家庭への渇望

こうして貧しい母子家庭で育った百恵氏は、歌手になって母親を楽にさせたいとの思いからオーディション番組へ応募することになる。後に彼女が21才で引退をしたのは、母子家庭だった経験からか、幸せな家庭を築きたいという思いが強かったようだ。芸能界での大成功というキャリアを惜しみなく捨てたのは、そんな生い立ちが影響していると言われる。

当時の三浦友和氏と言えば売れてきてはいたが、トップアイドルだった百恵氏とは、世間的には「格差カップル」だったかもしれない。ただ結果として二人の共演が多くなり、作品が次々にヒットしてゴールデンカップルと言われた。もうその頃には二人の交際は公然のようになっていて、誰も文句が言えない状態になっていた。その意味では交際宣言が功を奏したかもしれない。

山口百恵氏のホロスコープ

山口百恵氏:出生ホロスコープ

山口百恵氏:出生ホロスコープ

山口百恵氏のホロスコープはアセンダントが水瓶座で、近くに金星がある。この水瓶座が、父親を嫌悪する要因にもなったろう。水瓶座は血縁とは縁遠いものだからだ。または、もともと彼女は肉親とは縁遠い生まれだった、という解釈もできる。

彼女は水星の年令でデビューしたが、その存在がある意味で他のアイドルと一線を画す存在になったのは、宇崎竜童氏・阿木燿子氏コンビ作詞作曲の「横須賀ストーリー」からではないか。シンプルなアイドルソングが主流の時代の中で、明らかに一線を画した脱アイドルなイメージを植え付け、その後このコンビによる「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「絶体絶命」「しなやかに歌って」「ロックンロール・ウィドウ」へと続く流れは、彼女の存在感を際立たせることに成功し、確固たるものにした。

その「横須賀ストーリー」の頃、彼女は17才で金星の年代に入っていた。もともとどこかアンニュイで表情を崩さない態度は、他のキャピキャピしたアイドルとは違ってノリの悪ささえ感じさせたが、それも水瓶座の金星的だったからだろう。この金星は12度の「バロメーター」の度数で、冷静で状況にとらわれない。

結果的に結婚・引退を決意したのも金星の年令だった。水瓶座は縛られることを嫌うため、芸能界の魑魅魍魎の世界やキャンディーズの時の事務所とのゴタゴタのようなものから抜け出したかったかもしれない。この金星が3・7・9ハウスの火星・天王星・海王星とハードアスペクトになっているため、この決断はこれまでの慣習を超え、彼女自身揺るぎないものだったのではないか。

引退

けっきょく百恵伝説は金星の年令で終わった。太陽は12ハウスであり、シーンからいなくなる場所である。彼女は芸能界という世界からあっさりと消えた。

最後の最後、ウェディングドレス姿で膝をついてマイクをステージに置いた姿は、昭和時代を代表する象徴的なシーンであり、百恵伝説を決定付けるものになった。

山口百恵氏:結婚時

山口百恵氏:結婚時

彼女が結婚した頃、アセンダント近くでプログレスの新月が起こっていたのは特筆すべき事だ。
新しい人生の始まりである。

その後彼女は一切カムバックしていない。